
東日本大震災 write&photo: TAKESHI NAITO震災後アーティスト達を誘い被災地へと向かった。僕は彼等に特別な使命や目的を与えなかったし、あえてギターも支援物資も持たせなかった。震災について話す時、僕が最も心がけたいのは「正常への追及」である。募金・支援・日本の団結。そんな大前提はここでは割愛し、少し違った視点から「世論」と「心」をテーマに見つめてみたい。
被災地を見る「被災地をその目で見てほしい」。支援を求める人からも支援をする側の人からもその声は多く聞かれる。現実は現場にあり、正しい情報も確かにその場所にあるのだから当然である。特に国や情報機関は当然そうでなくてはいけない。しかしここで考えたいのは、一般国民にとって本当にそれが必要かどうかである。語弊を恐れず指摘するならば、被災者のその気持ちは少々求め過ぎであり支援者のその言葉は優越感やエゴを孕んでいる様に思う。現地を見たものが正しく、そうでないものが劣っている様な事は絶対に無い。少なくとも国内はもちろん、海外の現地を知らない人々によって大半の援助は行われているのであり、世界の災害支援はそうして支えあっているのだ。

職業柄や個々の性格にもよるが、現地を見たい人、見た方が良い人達は必ずいる。それは素晴らしい事だと思う。しかし僕は極論、良く知らないが支援をしている人々にこそ賛辞を贈りたい。世界中の人々がいったいどれほどこの災害の現実や実態を知っているだろうか。きっとほとんど知らないのである。ハイチ大地震の実態を、支援した日本がどれだけ知っていただろうか。知らないのだ。僕等は言い方は悪いが「よくわからないけどなんか困ってるからどうにか助けたい」という衝動で膨大な数の人が莫大な数の支援をしているのだと思う。それは「現場を見ないと真実は分からない」という言葉がいささか失礼なほど美しい事だ。みんなが見なくてもいい。全てを知らなくてもいい。災害支援とはそうあるべきだ。僕はそんな想いを抱いて被災地へ行った。 被災地を見てもそれを忘れない様に。
有事の体感温度音楽に携わる仕事をしている僕はあの日を境に活動をとめた。何が必要で何が間違いなのかがわからなかったあの状況でも「音楽をとめて下さい」という声は八方から聴こえてきた。僕は当然の作業として当面の公演をキャンセルし、先々の仕事を白紙にしていった。僕はアーティストでは無いので「今音楽が必要か否か」とは一度も考えなかった。ただ一つ大きな確信はあった。それは「このまま仕事が無ければ僕は間違いなく被災地を助ける側の人間にはなれない」という確信だった。音楽は災害時では贅沢品であるが、仕事は復興に不可欠な財政源である。僕はこの危機感を何より重大に感じていた。

有事にはその時の体感温度が存在する。当時被災地を思ったらまずすべき事は節電であり"自粛"であった。僕も流石にライブ制作をする気にはなれなかった。しかし通常職の人々は音楽を消しエンタテインメントを自粛して会社に行く事は出来るが、それ自体が仕事の人間達はどうだろう。「音楽をとめて下さい」という事が「仕事をしないで下さい」と直結する職業もある。もちろん音楽以外にも無数にあったのである。この時多くの社会人は「東北以外が経済を回さないと被災地を支援する事が出来なくなる」と気がついて行くが、世論は自粛が被災地の為と声を揃えていく。このあまりにも当然すぎる流れは、多くの会社を破綻に追いやり沢山の仕事仲間を解雇へとのみ込んでいった。結果彼等は被災地を助ける事が出来なくなった。むしろ助けを必要とする者が増える事になった。今もう一度同じ事態が起こっても僕等はあの現象を回避できないだろう。有事にはその時の体感温度が存在する。何が本当に被災地の為だったのか、冷静に捉えられる世論であれるよう考え続けていきたい。
